Tehuは公文ですすんで勉強していたのかどうか



 まずはtehuの自分語りnoteを見てもらいたい。

 

Tehuの話 第2回「勉強が大好き」

https://note.mu/tehu/n/na061e73e9ac3

中国生まれの両親は、ふたりとも音楽家であったにもかかわらず、音楽よりも勉強を僕に勧めた。「学問を修めることこそが、立身出世の最速コース」という考えからだった。
3歳だった僕は、いきなり地元の学習塾に放り込まれた。それが、今では世界的に人気の「公文式 (KUMON)」だ。

子供には承認権がない。大体の場合、習い事は「行かされる」ところから始まる。一方で子供には拒否権がある。
大体の場合、習い事は「行きたくなくなり、泣きわめく」ところで終わる。
僕の場合、ピアノや水泳がこのパターンだったから、勉強についても親はそれほど期待していなかったかもしれない。
でも、「公文式 鶴甲教室」の門を叩いた日が、僕が初めて「学ぶ」ということの楽しさを心から感じた日になり、結果的には人生において非常に重要なターニングポイントになった。

切り盛りしていたのは、M先生というハキハキとした女性だ。最初の数年間... いや、通っていた間はずっと、「怖い」イメージが先行していたように覚えている。
教室で自主学習をしていると、たまに怒る先生の声が聞こえた。自分より少し上の小学2年生ぐらいの子が泣いているのもよく見かけた。僕もよく、解けない問題を諦めたときには怒られたものだ。M先生をサポートする数名のアルバイトやパートの先生があとで慰めてくれた。
でも不思議と、M先生は僕の勉強のやる気を根底から引き出した。


M先生は、子供の好奇心には徹底的に向き合う人だった。
公文式は基本的にプリントを自分で解いて採点してもらい、必要に応じて指導してもらうという「半自主学習」方式を採用しているが、当時の僕はペケがついた問題についてかなりM先生を質問攻めにしていた。
トンチンカンなこともたくさん聞いていたはずだが、先生は、一度も呆れずに真剣に僕に向きあってくれた。
それが、僕の中の承認欲求のようなものを満たすようになり、勉強を快感に変えていった。
僕が勉強に夢中になったときに感じる不思議な快感は、この後中学生になるまでずっと続くし、今でも仕事で感じることがある。
それがいわゆる「フロー状態」に近いものであることを知ったのは最近の話だ。

 

 内容をまとめると、習い事の内水泳やピアノは続かなかったが、公文式(勉強)は先生らのおかげで楽しく感じることができ、続けられたと語っている。

 

 

 ところが過去のツイートでは、

 

 いやいややらされていたと語っている。noteの「勉強が大好き!」の文字が悲しい。